このころ秀策の成長が眼についてきた。
天保十五年、秀策は十六歳四段になっていた。
跡目となっている七段の本因坊秀和は秀策に対して先で打つようにした。
これまで三子や二子で打ってきたが、そろそろ先でもいいだろうという実力を認めたことと、次代の後継者を育てる意味もあった。
秀策も周りの期待を感じている。
名を秀策としてからそれはとくに強い。当主と跡目の名から一字ずつというのは、あきらかに次の後継者、秀和が当主となればその跡目にという期待があるということだ。
秀策は三原の浅野家から禄を受けている。自分は三原浅野家の家臣だという気持ちでいるだけに、もし次の跡目にといわれたらと思うと複雑な気持である。
このときの対局で秀策は最近研究し、よく実戦でも試みている布石作戦を秀和相手に打った。
黒一、三、五の展開から七に打つ。
秀和もこの布石作戦は知っている。後に秀策流といわれるこの布石はすでに何人かの兄弟子に試みている。
秀和も自分のときにこの秀策流でくることはあらかじめ予測できていた。
(この手に忠左衛門どのも三郎助も左一郎もやられたか)
秀和は腕を組み熟考して迎え撃った。結果は持碁(引き分け)だった。
しかし秀策の成長を認めないわけにはいかない。
「秀策、お前には驚かされる。このまま成長して本因坊門のために」
秀和は秀策が悩んでいることを知っている。故郷への義理と江戸での期待の狭間で揺れている。
「この布石、秀策流とでもいうか。実に見事な作戦だ。お前のような堅実な碁風だから打てるのだな」
秀和は盤上のことにはなしをもどし秀策をたたえた。
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